東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)120号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第八号証(本件公報)によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本件発明は、絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを結合一体化してなる成形品の改良された製造方法に関するものである(本件公報第一頁第二欄第一〇行ないし第一五行)。
従来、かかる一体化成形品を作るには、一般に絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とをそれぞれ別個に成形し、ついでこれら両部分を重ね合わせて再度加熱加圧することによつて結合一体化する方法、別個に成形した絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを適当な接着剤を介して接合一体化する方法、あるいは両方とも未加硫の絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを重ね合わせて加熱加圧して結合一体化する方法が知られているが、これらの場合、両ゴム部分の境界面である結合面において、しばしば剥離などが生じたり、寸法精度の低下、工業的規模での量産が困難という欠点があつた(同第一頁第二欄第二〇行ないし第三六行)。本件発明は、右欠点を解決することのできる絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを有し、特に電気的固定接点もしくは可動的接点として使用される一体化成形品の改良された製造方法を提供することを目的とし(同第一頁第二欄第三七行ないし第二頁第三欄第四行)、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第一頁第一欄第三一行ないし第二欄第八行)。
本件発明は、前記構成を採用したことにより、一次成形品を得る工程と一体化成形品を得る工程の二工程で簡単に目的とする一体化成形品を得ることができ、これによつて得られる一体化成形品はその寸法精度が、従来法によるものが精々±0.1mm程度であつたのに比して±0.02mmと遥かに優れ、さらに絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分との接合面の接着力も優れた強度が与えられるという作用効果を奏するものである(同第二頁第三欄第三五行ないし第四欄第一四行)。
2 取消事由一について
原告は、第一引用例ないし第三引用例には、本件発明の構成要件である第一の金型内で成形した一次成形品と共に第二の金型内に、33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加した未加硫ゴムを充填し、加熱加圧して導電性ゴム部分と絶縁性ゴム部分を一体化させることが開示されている旨主張する。
そこで検討するに、
(一)<1> 第一引用例には審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一号証によれば、第一引用例には「ゴムとゴムの接着はゴム工業における最も基本的な接着であり、ゴムの状態によつて 1)未加硫ゴムと未加硫ゴムの接着 2)未加硫ゴムと加硫ゴムの接着 3)加硫ゴムと加硫ゴムの接着に分けられる(第一四頁末行ないし第一五頁第四行)」「一般には、先ず加硫ゴムの表面をパフなどによつて粗らし、パフ屑などを取り去つた後、その面に直接または共糊のような接着剤を施した上に未加硫ゴムを圧着しプレス加硫を行う方法がとられている(第二一頁末尾第七行ないし第五行)。」「表3―9に示すように、未加硫ゴムにイオウ加硫系を用いることにより十分な接着が可能である(第二二頁第二行、第三行)。」との記載があり、さらに表3―12「未加硫ゴムと加硫ゴムの接着」における配合として表3―13(第二四頁)が示され、そこにはDi Cup Rが用いられることが開示されていることが認められる。なお、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、Di Cup Rはジクミルパーオキサイド(Dicumylperoxide)の商品名であることが認められる。
そして、成立に争いのない甲第九号証(「プラスチツク技術全書一七シリコーン樹脂」鹿目彰著、株式会社工業調査会発行、なお右刊行物は、一九七八年三月第二版発行のもので、本件発明の特許出願後に頒布されたものであるが、第一版は一九七一年の発行であつて、第二版は改訂版ではないので、その内容に変化はないものと解される。)によれば、「a 圧縮成形(プレス加硫) 圧縮成形は、最も普通に用いられている成形手段で(写真3・7)、まず、素練りおよび加硫剤配合の終わつたコンパウンドをロールから分出し、これから目的とする製品の形状に合わせて適当に切出したものを図3・6に示すように金型中に充填し、油圧プレスで加圧しながら加熱して加硫する方式である(第一〇〇頁末行ないし第一〇一頁第五行)。」と記載されており、右事実からすると、第一引用例に記載のプレス加硫とは、金型を用いて加圧、加熱する加硫方式であつて、このことは当業者にとつて公知の技術であることが認められる。
<2> さらに、第二引用例及び第三引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、ジクミルパーオキサイド、ジ―t―プチルパーオキサイド等はシリコーンゴム加硫の架橋剤として普通に用いられているものであり、これは換言すれば、33Kcal/mol 以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物がシリコーンゴム加硫の架橋剤として使用されるものであることを教示していると認められる。
右<1>、<2>の点からすると、第一引用例には、加硫ゴム面に対し、33Kcal/mol 以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加した未加硫ゴムをプレス加硫により接着せしめる、すなわち金型に入れて加熱加圧することにより、加硫ゴムと未加硫ゴムとを結合一体化する方法が開示されていると認めることができる。
(二) そこで、本件発明の構成要件と第一引用例に開示されている右技術事項を対比すると、本件発明の「一方の未加硫ゴム材料に有機過酸化物を添加して第一の金型内で加熱加圧して一次成形品となし」の構成要件における「一次成形品」とは、第一引用例に記載の「加硫ゴム」に相当し、また、「33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加した上記未加硫ゴム材料を一次成形品と共に第二の金型中に充填し、加熱加圧して結合一体化させる。」との構成要件は、第一引用例に記載の「架橋剤(パーオキサイド)を含有する未加硫ゴムを加硫ゴム面とプレス加硫により接着を行う」に相当すると解せられる。他方、本件発明は、導電性ゴム部分と絶縁性ゴム部分を一体化させるものであるのに対し、第一引用例には、右技術事項については何ら記載がなく、両者はこの点において相違するものであると認められる。
右相違点についてみるに、本件発明は、絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分と結合一体化してなる成形品の製法の改良、すなわち、従来の絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを加熱加圧する方法、あるいは接着剤を用いて一体化する方法等に代わる方法であることは前記1で認定したとおりであり、右事実からすれば、絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを一体成形すること自体は本件発明の特許出願前周知のことであり、本件発明はその結合一体化の方法に特徴の存するものであることが明らかである。そして、本件発明における結合一体化の方法は、第一引用例に記載のプレス加硫接着方法と差異がないことは前記判示したとおりである。
してみると、本件発明は、絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とからなる結合一体化成形品を製造するに当つて、本件明細書に記載されている従来の方法に代えて、他の周知であるゴム同士の接着手段を適用したにすぎないものであり、このようなことは、当業者ならば適宜実施し得る程度のものであると認められる。
(三) 次いで、本件発明の奏する作用効果についてみるに、審決は、従来法による成形品の寸法精度が精々±0.1mmであつたのに、本件発明の一体化成形品の寸法精度は±0.02mm程度にまで精密なものであるという優れた作用効果を奏するものであると認定、判断している。
この寸法精度について、前掲甲第八号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明には、「その活性化エネルギーが33Kcal/mol以上のものを用いれば、得られる一体化成形品の上記両部分の結合がほぼ完全なものとなり、寸法精度が二色の一体化成形品であるにもかかわらず、従来の圧縮成形によるゴム成形品の厚み相当の常識的限度をはるかにこえた極めて高い寸法精度を維持することが容易である(第二頁第三欄第二七行ないし第三三行)」「本発明によれば一体化成形工程が目的とする所望形状を有する金型内に一次成形品を充填すると共に一次成形品以外のゴム部分を構成する未加硫ゴム材料を充填して一体化成形するものであるから、これによつて得られる一体化成形品はその寸法精度が±0.02mm程度とされて、従来法によるものが精々±0.1mm程度であつたのに比して遥かに優れたものとされ(第二頁第四欄第一行ないし第九行)」と記載されており、右事実からすると、本件発明の寸法精度に関する効果は、加硫ゴムと未加硫ゴムとを金型を使用して一体化成形すること及びその際の未加硫ゴム材料に対し、33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加するとの構成により奏されるものと解される。そうすると、本件発明の前記構成は、前記判示したとおり、第一引用例に記載のゴム同士の接着手段と差異がないのであるから、本件発明の右効果は、第一引用例に記載の「加硫ゴムの表面での一次結合は、未加硫ゴムにイオウ加硫系の他、必要に応じて更に高い反応剤を有する架橋剤(例えば、パーオキサイド)を用いることにより得られる(第二一頁第末二行ないし第二二頁第一行)」なる効果である良好な接着に相応する以上のものとは認められない。
したがつて、本件発明の奏する前記効果も格別のものであるといいえず、審決の前記判断は誤りであるといわざるを得ない。
3 以上のとおりであつて、審決は、第一引用例に記載のものの技術内容を誤認し、本件発明は、第一引用例ないし第三引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることはできないと誤つて判断したものであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として、取り消しを免れない。
三 よつて、審決の取り消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。
絶縁性ゴム部分とカーボンブラツクを分散配合した導電性ゴム部分とを結合一体化してなり、前記導電性ゴム部分が電気的接点とし用いられる成形品を製造するに当たり、絶縁性ゴムあるいは導電性ゴムのいずれか一方の未加硫ゴム材料に有機過酸化物を添加してこれを第一の金型内で加熱加圧して一次成形品となし、ついで33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加した前記他方の未加硫ゴム材料を前記一次成形品と共に第二の金型中に充填し、加熱加圧して結合一体化させることを特徴とする絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを有し、導電性ゴム部分が電気的接点として用いられる一体化成形品の製造方法。